思い立ったら日記 2012



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2012年1月5日

「出会ってしまった」
すべての出会いはそういうことなのかもしれない。

ボクサーで「出会ってしまった」浜田剛史、畑中清詞、大橋秀行は世界チャンピオンまで上り詰め、高校野球では高校1年から取材を始めた天理高校は、3年の夏の最後の甲子園で優勝し、サッカーでは清水東から読売に入ってきた武田修宏は1年目に日本リーグで得点王になるなど、無名時代に引き込まれるように取材し、追いかけた選手が、チームが日本中の注目となっていった。
もちろんそのおかげで、自分の原稿はプレーボーイや、Nunnberや、少年ジャンプといった大きな場で原稿を書かせてもらい、グラビアを撮らせてもらえてきた。

そういった書く「場」も「出会ってしまった」ということだ。

この「場」が次へと繋がり、「出会ってしまった」で、頂点を極めたわけでもない、ジャッカル丸山や、飯泉健二、大和田正春などの、ボクサー、野球選手、サッカー選手などの人間の話しもたくさん書かせてもらえる「場」となっていく。
「出会ってしまった」という感情を揺さぶられ、惹かれた人間には凄まじい生き様があり、ギリギリのカミソリの刃の上を歩くような、ギリギリの中で挑んだ人間がそこにいる。

だからこそ、強烈な惹きつけられるものを感じ追いかけてしまう。
何年も何年も追いかけてしまう。
武術など、沖縄の「手」という、空手の起源となったケンカ術から始まり、昨年などは西安から、洛陽、そして登封の嵩山少林寺の達摩が面壁九年の座禅をした洞窟でぼくも座禅を組んできている。
菩提達摩を知りたいと、足かけ20年近く追いかけ、それでもまだ書けない「出会ってしまった」もあるということだ。

「なぜそこまで」と、今までに何人もの人たちに言われてきた。
もっと言えば、いつお金になるかわからないものに、何年も時間を費やすことが理解できないということのようだ。

これは「旅」も同じである。
ぼくの旅は、その地に行くエネルギーの源に、いつもそういった「出会ってしまった」があったのだ。

たとえば、高校のとき自転車で四国一周の旅に出たとき、そのきっかけはお遍路のように四国を歩き旅芸人と出会う「旅の重さ」という映画だった。
そう、その映画に「出会ってしまった」から、とてつもない感情が沸き、映画で感じたと同じ空気を吸いたいと、映画を見てすぐにお金ももたず、自転車のペダルを漕いだのだ。
出会ったものに対する思いが行動となる。
そうせずにはいられないという激しい思いだ。
そこには何の計算もない。
計算がないからこそ突っ走れ、次々と「出会ってしまった」が表れてくる。
そう、あのときは太平洋と「出会ってしまった」のだ。
そしてそれが今、室戸の御厨人窟で修行していた僧が、そこから目に見えたのは太平洋の海と空だけだったことから「空海」と名を名乗った、空海との「出会ってしまった」に繋がってきている。

「あしたのジョー」に出会ったから、ぼくはボクシングに夢中になり、浜田剛史などのボクサーたちと「出会ってしまった」。

もちろんちばてつや先生にも、雁屋哲先生にも「出会ったしまった」のだ。

吉田拓郎に出会い、井上陽水に出会い、ジョン・レノンに出会い、ニール・ヤングに出会い、音楽を始め、ギターに出会い、河島英五さんと全国をツアーして廻って…そう、「音楽に出会ってしまった」のだ。

マンガもそうだ。
写真もそうだ。
ノンフィクションもそうだ。
今、3Dでマンガを創っているが、それも「出会ってしまった」からだ。

出会えば人は、見たいとか、書きたいとか、撮りたいとか、驚かせたいとか、いろいろな思いがわき起こってくる。

人が動くということは、出会うために動くのではなく、「出会ってしまった」ことによって動き、そして次の「出会ってしまった」と出会い、それがどんどん増えていくものだと、それが人生でもあり「縁」だと感じている。
だから「出会ってしまった」はすべてが繋がっていくものだと。

今年も「出会ってしまった」ことから、いくつもの動きが鼓動を立て、リアルを持って形になろうとしている。

いや、「出会ってしまった」からには形にするという覚悟を持って、この一年も動いていく。そう、つまりはそういうことなのだ。





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