思い立ったら日記 2005



2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年    2004年〜

トップへ
戻る
前へ
次へ

2005年10月22日

いろいろなことが動き始めている。
いろいろといっても、劇画原作、イラストなどの仕事は今まで通りだ。
つまりその上で新たな動きがいろいろと始まったということだ。
そのいろいろのことは、まだすべてを語ることができないが、大まかに言えば、某携帯電話で新作のコミックを次々と発表するサービスページの、そのコミックに関して、自分の作品も含めてすべてを任せられたということである。

そう、作家として作品を創るとともに、その作品を載せる場までもすべてまで任せられたということだ。
まぁ、編集長兼任作家・・・

「あっ、そうか!」、これって・・・
プレイニングマネージャーとなった、古田のようなものじゃないか。
そう考えると嬉しくなってきたぞ。
自分でもプレーして、チームをまとめ創っていく・・・おぉ、古田と同じだよ。

そのチームのまとめというか、携帯の月刊コミックスのページを創るために、現在、友人の作家、編集たちと、その伝手を中心に、「描き手がおもしろがれる作品こそが、本当におもしろい作品」という、ぼくなりのビジョンで作家に作品を依頼することから始めている。

詳しいことは、その奮闘記は面白そうなので、リアルタイムでブログで日記として書いていこうとも考えているので、お楽しみに。

で、昨日は、わがバンド“だらぁ〜ず”の練習日である。
漫画家のI、劇作家のM、女優のY、某大手出版編集長のAと、“だらぁ〜ず”のメンバー、全員が久々に集まってのスタジオ練習だ。
いやいや、今回の練習はみんな真剣である。
何たって、11月1日の高円寺でのライブが決まってるというものの、まだ今回のライブでのほとんどの曲が、バンドとして完成していないのだ。

ライブを決めないと、真剣に練習しない“だらぁ〜ず”なのだが、あまりに唐突にライブを決めてしまったもので・・・「本当にこれで人前でやれるのか!?」のまだレベルなのだ。
だから必死なのだが・・・ライブはもう目の前じゃねえか。

あぁ・・・と嘆きのプレッシャーを感じたとき、またもや「あっ、そうか!」である。 


そう、仕事も遊びも楽しんでやろうと、その仕事と遊びを祭りって考えれば、こんなワクワクすることはないってことだ。
時間がなけりゃ、それだけがんばって楽しめばいいってことなんだよな。

さぁ!さぁ!さぁ!さぁ!祭りのはじまりだい!ってことよ!



2005年10月16日

山崎貴監督作品の「ALWAYS 三丁目の夕日」の試写に行ってきた。

笑えた。
泣けた。
感動しちまったよ。

山崎貴監督の「リターナー」を見たときは、そのVFXの宇宙船、未来都市に、ハリウッドの映像に負けねえじゃねえかと驚かされちまったが・・・
今回は、そのVFXが昭和33年の東京を見事に再現しちまってるわけよ。

上野駅に蒸気機関車が到着し、「金のたまご」と言われた集団就職の風景がある。
街には路面電車が走り、三輪車の車ミゼットがエンジン音をたてている。
ナショナルのマスコットが電気屋の前に立ち、東京タワーが建設されている。
何だよこの風景は・・・懐かしいじゃねえかと、映画がはじまってすぐにALWAYSの世界に引き込まれていっちまったぜ。

ぼくが生まれたのは昭和32年、東京の中野である。
つまり、ぼくが子供の頃に見た風景がそこに再現されているわけで、ゴム飛行機を飛ばして、フラフープで遊んで、少年漫画を読みふけって・・・
そうだ、昔の冷蔵庫は電気ではなく氷屋の持ってくる氷で冷やしていたり、風鈴屋だって街を歩いていた。
TVを持っている家が羨ましい時代で、近所の家にTVを見せてもらいにいっていたもんだ。 

そして自分の家にTVがやってきたときの喜びも思い出したぞ。
そのTVの中には、月光仮面、ハリマオ、ナショナルキッド、そして力道山がいたんだよな。

あぁ、映画の風景から次々と子供のころの記憶が蘇ってきちまったよ。
記憶だけじゃい。
あのころの街の匂い、駄菓子屋で食べたハッカの味まで蘇ってきちまったよ。

うぅ、こんな世界観の中で、西岸良平の漫画の世界が描かれてみろ。
泣くぞ。
ストーリーもよくできてて、やさしい人たちの温かい話しがいっぱいなんだから・・・ 


本当にいい映画を見せてもらったよ。



2005年10月14日

あいかわらず週に一度はプールで泳いでいる。
一番の目的は、指圧でも治療ができなくなったほどの肩こり解消であり、そして運動不足解消だ。

そしてもうひとつ目的がある。
ドルフィンキックの練習である。
青に包まれた世界で、野生のイルカと遊ぶために、ドルフィンキックでの潜水がうまくできるようにと密かなる特訓だ。

その特訓をはじめて、水中での無重力感というものがこんなに気持ちいいものかと思えてきた。

自分の体重を感じない、自由に浮いたり、沈んだり、地上ではできない空転、バク転だってできる。
TVで見た、宇宙飛行士の浮遊のようだ。
つまり宇宙遊泳の疑似体験が水の中ではできるということだ。
いや、宇宙遊泳ではないな。
この気持ちよさは水だ。
水を感じることができるのだ。
触れるというのではなく、一体感。

これと同じような感覚、気持ちよさを、ぼくは11年前に始めたスノーボードで感じていることを思い出した。
それまでサーフィンもスケボーもやったことのなかったぼくは、スノーボードが横乗りで前に進むという感覚を初めて知った遊びだった。

そう、その初めて知った横乗りで滑る感覚とは、風になれるということだ。
風との一体感。
だから夢中になって、それ以来、冬はボードばかりである。

水の中の浮遊感、横乗りで風と流れる感覚・・・

日々の生活では感じない、非日常での感覚は人間の五感は鋭くするのではないだろうか。 


人間は感覚によって感動し、喜び、悲しみ、苦しみ・・・そして生きていると感じている。
その五感が鋭くなれる場所を多く見つけるということが、Live(生きている実感)をより満喫できることかもしれないと・・・
たった深さ1.5メートルのプールの底でぼくは考えた。



2005年10月10日

この連休はずっとアトリエだった。
ひたすら、ひたすら、ひたすら原稿だ。

休みなもんで編集からの打ち合わせもなく、打ち合わせと称してアトリエを抜け出す口実もなく、ずっと机の前に座っている。
それにしても休みというのは電話もほとんどない。
友人たちは同業者が多いことから、電話の前にメールを送ってくる。
「忙しい?」
そのメールが届いたときは、相手は一息いれているという合図で、こちらも一息したいとおもっていたときは電話をして少し長話をしてしまう。

とにかくそんなときは互いに長く人と会話をしてないことが多く、人恋しい状態なのだ。 


閉じこもっていると外の世界にだって恋しくなる。
だからアトリエの屋上に椅子を持ち出してコーヒータイムなどと風を感じている。
深夜に愛車のビークロスで、音楽のボリュームをいっぱいにあげて一時間ほどのドライブもした。

そしてもうひとつ、最高の癒やしが、ぼくが原稿を書いていると不思議そうにアトリエの窓から覗いてくる野良猫たちだ。
窓の外が大きな庭ということもあり、いろいろな猫たちが庭に勝手に入ってくる。
そして、何だ、何だとアトリエの中を好奇の目で覗いてくるのである。

そこで覗いていても、ぼくがべつに相手をするわけでも、危害を加えるわけでもないことがわかっているようで、陽が当たっている時間などは気持ちよさそうに猫たちはゴロゴロしている。
飽きていなくなったと思ったら、また違う猫がやってくる。
突然、二年前に姿を見せなくなった猫が今日現れたときなど、「生きてたのか」と、何か嬉しくなってしまった。

窓の外の猫に、「おまえら暇でいいな」と声をかけると、猫が大きくあくびをしてきた。 

ぼくもつられてあくびだ。

そんな静かな時間がこの連休は流れていた。



2005年9月24日

イラストギャラリーをHPで新設したことで、ここめっきり減っていたイラストの仕事依頼がいくつか舞い込んできてくれた。
というか、「本当にイラスト描いてたんだ」とか、「へ〜ぇ、こんなイラスト描くんだ」「うまいじゃん」って、何年も付き合っている編集たちからの言葉とともに、「じゃぁ頼むよ」である。
つまりは担当編集までぼくのイラストは今まで知らなかったということではないかい。 


「何でそんなにイラストが描きたいわけ?」
原作の仕事で組んでいる編集が不思議そうに言ってきた。
「バランスなのですよ」
ぼくは、絵を描くことと、文を書くことと、外へ飛び出して取材し、写真を撮ることでバランスを取っているという説明をしたのだが・・・どうもピンとこないらしい。

つまりはぼくはバンドで歌うのも楽しいけど、ひとりアコギで弾き語りでも歌を歌いたいってことなのだが・・・わからねえかな。

そんなとき、友人の劇作家のマキノ・ノゾミくんと飲んでいたときのことだ。
「そうスよね!」
「わかる!?」
「あたりまえじゃないですか、オレだって同じですよ!」
マキノくんは今、芝居の原作、脚本だけでとんでもなく仕事を抱えている。
そんな状態でも、芝居の演出をぜったいに辞めようとは思わないというのだ。

つまりはぼくのイラストの意味がマキノくんにとって演出で、ぼくの劇画原作、ノンフィクションが、原作、脚本というわけだ。

絵を描くということ、演出するということは自分が作品の最後までかかわれる。
完成したものを自分の手からストレートに作品として見てもらえるということである。 


それに対してぼくのもうひとつの仕事、劇画原作は、そこから編集、漫画家に渡り、みんなで創りあげていく作品となっていくということなのだ。

そう、個人プレーとチームプレー。
それぞれが好きで、その喜びはそれぞれにあるのだが、ときとしてチームプレーに疲れたときには、個人プレーをしたくなり、個人プレーで煮詰まれば、チームを組みたくなる。そのことで、それぞれのストレスを解消できているといったバランスである。

まぁ、ぼくがイラストを描きたいとか、マキノくんがいくら忙しかっても演出する根底には、絵が、芝居がめちゃくちゃ好きだからっていう欲求があるってわけだけどね。

ちょっとまてよ・・・
ぼくのバランスって言っているこの、取材して、写真を撮って、原作を考えて、絵を描くことって、これって漫画家の作業じゃん。





トップへ
戻る
前へ
次へ