思い立ったら日記 2005



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2005年7月22日

面白い!

マキノノゾミ作・演出の劇団M.O.P.第40回公演「水平線ホテル」の芝居である。
そう今日、東京公演初日に紀伊国屋サザンシアターへ行ってきたのだ。
内容についてはまだまだ公演中なので書かないが、いやいや、総勢20人の登場人物のキャラが見えてきての中盤以降は、もう舞台に釘付け、この芝居の世界にドッポリはまってしまったのだ。
そして最後がまた・・・いやいや、言うわけにはいかねぇ。

考えてみれば、もう20年近く前からのマキノくんとの付き合いもあり、劇団M.O.P.の芝居は見てきたのだが、ホント、見事なエンターティーメントな芝居を見せる、マキノくんが劇団のキャッチフレーズにしてきた、「燃える!泣ける!そしてキマる!」を見事に形にしている芝居を確立していっているのだ。

とにかく28日まで芝居はやっているので、ぜひぜひ紀伊国屋サザンシアターへGOである。 


で、マキノくんと言えば、わがバンド「だらぁ〜ず」でのメンバーでもあるわけで、今回の劇場ロビーの一番目立つ場所に、その「だらぁ〜ず」から贈った花が飾られている。
なぜか贈られる側のマキノノゾミの名まで入った花な上、だいたいその花を見たひとたちに対して、何の説明もなく贈呈だらぁ〜ずである。
つまり、お客さんたちが「だらぁ〜ず」って何だ?何で贈られる側のマキノくんの名が、贈る側にあるんだぁ?と、首を傾げてもらえば、それで目的達成ってな花なのだ。

あいかわらずのふざけた野郎バンドの「だらぁ〜ず」だが、マキノくんの芝居を見ながら、みんなメンバーは本職ではいい仕事しておりますよと刺激とエネルギーをもらい、芝居が終わったあとは、いつものだらぁ〜ずメンバー+うちのカミさん、治ちゃんの奥さんのくみちゃん、ハラダ、中野さんと飲みに行きいやいや楽しい夜でした。

さぁ、今週は海と山で自然のエネルギーをもらって、マキノくんから創作の刺激とエネルギーをもらったわけだから・・・

オイラの仕事モードに突入するぞと、気合いで机の前に座ってやったことが、オイこの日記かよ。



2005年7月21日

眩しい太陽があった。
木々と草の沸き上がる匂いがあった。
頭の上から降り注ぐ蝉の声があった。
潮の風が吹いてくる。
目の前には青い海が広がっている。
夏が広がっている。

今年も西伊豆のこの場所にやってきたのだ。
もう10年近く前から何度も潜りに来ている秘密の海だ。
透き通った海の中で、シュノーケリングで魚たちと戯れる。
それだけでただ一日が過ぎていく。

子供の頃の夏休みを思い出す。
ここにはあのころと同じ風が吹いているからだ。
熱い夏の陽射しとともに遊び、夕方になれば赤い太陽とともに、夏の一日の終わりを告げる涼しい風が吹いてくる。
楽しかった一日の疲れと、真っ黒に日焼けした身体の火照りとともに今日を終える淋しさがある・・・

海から少し山へ入ると気に入った宿がある。
大沢温泉にある「鮎の茶屋」だ。
海に遊びに来て天然の鮎が食べられるのも伊豆だけの贅沢だ。
とにかく嬉しいほどに旨い鮎、イノシシ、鹿を食べさせてくれている。

今回は30年近く前からの親友である、同い年の漫画家のやっちゃんとこの海へやってきた。
同じ時代を生きてきた友だから、同じ夏を知っている。
だからあの夏へ・・・二人で日陰で寝っ転がり、蝉と波の声を聞きながら話しているうちに、子供の頃の夏へと戻ってしまった。

今年最初のシュノーケリング。
さぁ、2005年のぼくの夏が始まった。



2005年7月13日

わがバンド“だらぁ〜ず”の夏合宿である。
場所は“だらぁ〜ず”のバンマス荒木氏の小淵沢にある山小屋。
メンバーの漫画家、石渡治ちゃんはこの日を空けるためにメチャハードスケジュールをこなし、劇作家のマキノノゾミくんは、自ら主催の劇団MOPの京都公演を終え、次ぎの大阪公演の間に東京へ戻ってきての数々の打ち合わせの合間やってきて、バンマス荒木氏なんて編集長なのに平日にこんなところへ来て大丈夫か状態。
そしてぼくにしても原稿が上がってねえのにやってきたというわけだ。

ここまで真剣に取り組むバンド“だらぁ〜ず”の夏合宿は、まずは温泉へGO!
おいおい、真剣なバンドがいきなり温泉かよと思ったらバンド解散の危機。
マキノくんはぬるい湯の泉が好きに対して、治ちゃんは熱い湯の温泉が好きと、音楽性の相違ではなく、温泉の湯加減の相違が発覚してしまった。
それでも最後は温泉は露天にかぎるで、意見が一致し解散の危機は免れたというわけで一安心。

さぁ、温泉を出たらいよいよ練習かと思いや、「温泉のあとはビールでしょ」と、コンビニで籠いっぱいの酒とつまみを買い込んで、空を見上げれば雲一つ無く満天の星。
何万の星が降ってくるような空に全員感動で、「これは外で飲むべ」と、真っ暗な森の中で、みんなで丸太に座っての乾杯。
読んでたら、想像して実にアウトドアでかっこいいと思ってんだろうけど、現実は真っ暗な中で、蚊に食われながらなんて耐えられるわけがない。
てなわけで、早々に山小屋の中へ入り、酒を飲み、つまみを食ってるうちに、自然とみんな、ギター、ベース、ウクレレ、ハープ、キーボードと弄り始め、今年になって創ったオリジナル曲8曲の編成、組み立てを考え、意見を出し合いながら、まるで本当のバンドのように練習が始まったというわけである。
その練習時間たるや、驚くなよ、“だらぁ〜ず”始まって以来の6時間以上。
気づけば朝の5時までやってたんだぜ。

それから仮眠をして、朝はおしゃれに森の中の焼きたてパンの店で朝食。
「うん、優雅」と、満足もそこそこに、ぼくはみんなを乗せて、メンバーから車内が狭めぇと不評のわが愛車、ビークロスのアクセルを踏んで小淵沢から一路東京へ!
マキノくんは2時から打ち合わせで、そのあとは大阪へ移動。
治ちゃんも帰ってから仕事。
バンマス荒木氏はもちろん会社である。

まぁ、なんとハードなわが“だらぁ〜ず”の夏合宿であったわけだが、いやいや、それはそれで楽しさもハードに圧縮されて、濃厚に楽しい時間だったというわけなのだ。

でも・・・たった一晩で、偉そうに夏合宿って言ってる“だらぁ〜ず”って何なんだって言われても、つまりはこれが“だらぁ〜ず”なんだい!



2005年7月1日

ここのところやたらと人に会っている。
というのが、ひとりの武道家を知って貰いたいというのがあるからだ。
岡部武央。
岡部の話はこれまでこのHPにもずいぶん書いてきた。
その岡部とは7年前に出会い、ぼくは岡部の生き方に引き込まれている。
人間が地球で生きるということを、岡部を通して感じまくっているからだ。
そして武術が生きる術だということがだんだんと岡部を通して見えてきたからだ。

だから湧き出るような思いとともに、書きたいことがたくさんある。
だが、悲しいことにまだ無名の岡部の話をいきなり載せたり、出させてくれるほど、雑誌、TVは甘くない。
で、とにかく伝手とコネを通して、岡部を知って貰おうと、企画書を持って出版社、TV局を訊ね、会っているというわけだ。

その成果はもちろんある。
すでにいくつかの雑誌で岡部と武術のページが取れてきている。
早々に来週発売の「女性セブン」でも取り上げてくれた。
TVの方も話しが進んでくれている。
動けば結果は出るというものだと実感。

そんな動きを始めたものだから、今度は岡部武央の窓口が必要となる。
そこで、パソコン音痴のぼくだが、一日がかりでこんなブログを開設してみた。
ページの表紙を、「東洋武術で生命力を高める」の本の表紙用で、親友の漫画家、石渡治氏が描いてくれたイラストを使わせてもらい、岡部武央という武道家とはどんな男か、それがわかるように創っていっている。
興味のある方は一度覗いてみておくれ。

http://okabe.blog14.fc2.com/
【岡部武央 “武”で生命力を高める】

また今日は、わがバンド「だらぁ〜ず」の練習の日でもある。
さすがにメンバーのひとり、劇作家のマキノくんは、マキノくんの劇団、MOPの公演である「水平線ホテル」の初日が9日から京都で始まるとあって、その稽古場からとても抜け出してこられる状態ではないらしい。
で、スタジオには漫画家の石渡治氏と、バンマス荒木氏とぼくの三人だけで練習開始である。

その治ちゃんと荒木氏が今回はオリジナルの新曲を創ってきてくれたのだ。
これがいい。
治ちゃんは、ホノボノとしたまさにウクレレな曲で、荒木氏はブルースである。
そして新曲を加えて練習を始めたのだが、だらぁ〜ずのオリジナルは演奏もバラバラならば、曲のジャンルもバラバラである。
「だらぁ〜ずは、音楽性の違いで解散はねえよな、これだけ音楽の一貫性がねえんだからよ」
治ちゃんが笑いながら言っている。
だけどそれって、ちいとかっこよくいっちまえば、だらぁ〜ずの音楽の一貫性は「楽しきゃいいじゃん!」ってことなのだ。
 
3時間の練習が終わればまたまた高円寺。
そこでマキノくんと合流して、その後、MOPの堂岡くん、役者の三上くん、奥田くんなどみんなとも合流。
昔からの友人の編集、松井氏も呼んで・・・
結局、「楽しきゃいいじゃん」で、今日も深夜まで飲んじちまったよ。



2005年6月20日

26年ぶりである。
そう、何と26年ぶりの再会なのだ。

その再会の相手は、音楽をやっていた時代、同じK事務所でいっしょだった“嵯峨野さやさや”という曲などを歌っていたあの姉妹ディオのタンポポである。
現在大阪に住んでいるタンポポの二人なのだが、今回、東京へ来るというのでそれはぜったい会おうということになったのだ。

待ち合わせの場所へ行くと、26年が嘘のように、ほんの1〜2年ぶりで会ったように、「元気?」「元気だった?」の、妹の三代さんと挨拶。
そのあとはもう26年前の頃と同じノリで、食事と飲みへと直行!

飲みながら、食べながらの会話は、さすがタンポポでトーク担当の三代さんだけあって、自分の子供の話をまるでネタのように面白おかしく、そして愛情を持って話してくるわけで、もう大爆笑。
当時タンポポのコンサートにも行っていた、ファンだったというカミさんも連れて行ったのだが、カミさんとともに、三代さんの話しにはホント笑い転げてしまった。
そして少し遅れて姉の保志子さんがやってきたのだが、26年前の三代さんと話しているところへ入ってきた姉ちゃんといった感じで、三代さんの爆笑トークにしっかりボケ役で参加、大大爆笑へとレベルアップ・・・おいおい、「まったくあの頃と同じじゃねえかよ」である。

初めて出会ったのが、ぼくが18歳、三代さんが19歳、保志子さんが20歳だったわけで、二人には弟のように扱われていたのだが、今日はまったくあの時代の扱いノリで、それが何だか照れくさくもあり、嬉しくもありである。
そんなもんだから、今の年齢なんて完全にふっ飛んでしまっての、あの時代にタイムスリップしちまったというわけだ。

このHPの「あの頃ミュージシャンだったような思い出」の中に、その時代の挫折をいろいろ書いたのだが、やはりあの時代がぼくの青春時代まっただ中だったと、タンポポと話しながら思い出が蘇ってきたもんだ。

年齢を重ねたといっても、三代さんも、保志子さんもあの頃と同じ声で、同じ話し方で、同じ笑顔で笑ってくる。
何か、それがとても嬉しいのだ。

タンポポの二人はぼくの青春だったと、26年ぶりに会ってホント感じちまったよ。
また会おうって・・・いや、また会いたいって再会を約束して別れた、ホントに楽しくて嬉しかった青春の夜である。





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