思い立ったら日記 2011



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2011年2月3日

あぁ、自分の足跡を辿るような話しを書いているせいか、懐かしい感情が沸き上がってきたよ。
サンタモニカだ。
あの青い、どこまでも青い空。
そして、眩しい海がリアルに感情となった沸き上がってきやがった。

85年、そうだ、85年に始めてアメリカへ行き、ロスからバスに乗って下りた場所。
お金がなくて、ファーストフードも高くて買えなくて、メキシコ街で買ってきたものを、モーテルで料理しながら生きていたっけ。

風の感覚も、海の音も、あの青の深い空も、みんなみんな覚えているよ。

そうか、感覚というヤツはそうやって自分の中に溜まっていくということか。

思い出す。
旅を思い出せば、たしかにそうだ。
自転車で日本中を走っていた十代の感情、ちゃんと覚えているな。
海の色も、空の色も、森の色も、風の感覚もすべて覚えているよ。

それが感情となって沸き上がる。

その感情から沸き上がる、激しさ、喜び、苦しさ、哀しみ…
どれだけ濃く生きたか、つまりはそういうことか。

想い出ひとつひとつ、どれだけリアルに生きたかが感情の濃さとなっていやがる。
おもしろいもんだな。
こんな歳になっていろんなことがわかってきやがった。

これからどれだけの旅ができるのだろうか…
どれだけ濃い旅ができるのだろうか。
いや、まだ地球の点でしかない自分の旅じゃないか。

だからこんなに心が空洞だということなのか。
頭でなく、心がその空洞を埋めろと、自分の足跡を残せとわめいていやがる。

書くこと、撮ること、見ること、聞くこと、弾くこと、歌うこと…

心の空洞を埋めるために、ぼくはどこまで旅をつづけることができるのだろうか。
どれだけ今から本気で生きていけるだろうか。



2011年1月29日

4年になる。

ちばてつや先生から大学へ呼ばれて4年になる。
先生と知り合って25年になるが、この4年はまさに満な時間だ。

大学ではもちろん、大学への行き帰りの車の中、どれだけの話しをしてきたか…

ぼくのアイディンティティは、間違いなく「あしたのジョー」を初めとしたちばてつや作品だ。
その一番の尊敬の先生と、同じ空間で時間を過ごせているという奇跡。

ちば先生のそばにいることで、作家として凄いものを見せてもらっている。

子供のころからずっと憧れていたちば先生には作家として何が見えていたのか。
何を感じて生きてきたのか。
そこで何を見つけ、そしてあれほどのエネルギーが沸き出し、ぼくらの人生までも変えてしまう作品が生まれてきたのか…

この4年の間にたくさん聞かせてもらったよ。

作品を創るということがこんなに苦しく、孤独なことだったのか。
作品を創るということが、こんなに嬉しく、美しいことだったのか。

あぁ、何て自分はちっぽけなんだろう。

この歳でぼくも見たいと思っている。
ちば先生の見えているもの。
創ることで見えてくる、もっともっと深い創造。
それを何と表現すればいいのか…
ぼくの中では、「道(タオ)」という言葉が一番当てはまっている。
そう、「タオ」、「タオ」は「宇宙」だ。

ぼくは「宇宙」を見ることができるだろうか…

なぁ、自分よ、見るために命を賭けられる覚悟はあるのか。
あぁ、もちろんそのためだけにオレは生きられるよ。



2011年1月28日

旅に出たいといつも思っている。
旅行ではなく旅だ。

高見順の詩に、帰るところのあるのが旅行で、帰るところのないのが旅だというものがあったことを思い出した。
高校の頃の記憶の詩。

ぼくはずっと帰ることのない旅をつづけているのではないだろうか…
いや、ぼくだけじゃない。
みんなきっとそうなんだ。

本当は帰る場所などないことはみんなわかっているはず。
だから不安で、だから帰る場所と思いこみ寄り添い合う。

だけどね。
生きるということは、流れつづけること。
帰るではなく、流れつづけること。

連れ添うふたりなら、ふたりで流れつづければいい。

旅に出たいといつも思っている。
そして旅をつづけている。


なぁ、考えてみればもう30年だな



2011年1月23日

古い話を思い出しながらの原稿を書いている夜。

忘れていたことが突然頭の中で発光した。
思い出というやつはその頃の空気まで運んできやがる。

あいつは今どうしてるんだろ…
若い映像が浮かんできた。
臭いまでも蘇えってきた。

音が聞こえてきた。

あの時代に大好きでいつも聞いていたアルバムの曲。

胸の奥が苦しくなる切なさ。
仕事場を抜け出し、車のアクセルを踏む。

いつもそうだ。
車で大好きだったアルバムを流す。
アルバム一枚分の真夜中のドライブ。

夜の蒼と光の流れの中でボリュームを上げる。
曲があのころの時間へと巻き戻していく。
「なぁ」と話しかける。
巻き戻された自分に話しかける。

「おまえさぁ、がんばったよな」

光の流れが霞んで見える。

あぁ、オレは泣いているのか…

少し感傷的な夜もあるさ。





2011年1月21日

本気で生きる。
ボクサーなら、24時間、そのためだけに生きる。

 前にも日記で書いた自分の著作の中での言葉。

 “すべてがボクシングの男だった。
リングの上、ロードワーク、ジムワークだけじゃない。
食べることはボクサーとしての身体を作ることと考え、眠ることは、ボクシングのため身体を休めること。目を覚ますことはボクシングをやるため、脱糞、放尿はボクサーとしての体重維持。
息をすることさえも、すべてボクシングのためと考えていた男である。”

 こういう人間たちと何人も会ってきた。
これが「プロ」と言われる生き方だと、そんな人間を目のあたりにしてきた。

 自分は今、どうなのだろうか?

 ただこのことだけは言える。
プロと、トップレベルのプロとものを創ることほど面白いものはないと。

 先日、四万十の大自然の中で創られ、4月29日オープンの海洋堂ホビー館の庭に飾られる、ぼくのデザインしたフィギュアの模型が贈られてきた。
本物は高さ85pというから、その五分の一サイズの模型だが、その模型を見たとたん「嬉しい」という感情の、何といったらいいのか、子供時代に感じる沸き上がる嬉しさと表現したらいいのか、とにかく心から純な嬉しさが込み上げてきたというわけだ。

 しげしげと見つめる。
カッパシリーズということで、「ピースカッパ」と名付け、大好きなジョン・レノンをイメージして描いたデザインである。
甲羅と皿はピースの象徴のマーク。
サングラスにギターはリッケンバッカー325。
もう、大好きなものをとにかく描き、サイケなイメージを持って、メチャクチャ楽しんで描いた絵だった。

 それが今、立体として手の中にある。
想像が生まれ出てきた感覚…
この感覚は震えるものがある。

 忠実に、いや、それ以上に…
素晴らしい。
「海洋堂」の原型師のプロの力、力は尊敬である。
自分のデザインだが、尊敬の作品が出来上がってきたこの嬉しさ。

 プロと仕事ができることとはこういうことだと思う。
そのために生きている人たちと組んで創るこれ以上ない喜び。

 今の自分はどうなのだろうか…
その中でこの歳になっても経験し、成長させてもらっている自分を感じている。





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