| | なぜだろうか・・・ ベトナムのハノイへ行ったとき懐かしい思いが身体を包み込んだ。 子供の頃の夏休み。 そうだ・・・あのころの日本にあった熱いエネルギーの風がこの街にある。 この街で生きている人たちの熱さが懐かしいのだ。 |
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| | 浜田剛史が引退を決めたとき、ゆっくりとした時を過ごさないかとプーケットに誘った。 ボクシングだけに生きてきた浜田剛史。 そんな浜田と出会ってからの4年という毎日は、ぼくにとって熱く濃厚な日々だった。 それが終わるという実感などなかった。 だがプーケットへと向かう成田で、浜田は出国カードの職業の欄に「無職」と書いた瞬間(とき)・・・
浜田は本当に引退、ボクシングを辞めてしまったのだ。 |
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| | ここ何年か武術に興味があり、その取材で中国へは何度も訊ねていっている。 何度目の中国だっただろうか・・・ 大道塾の東孝塾長、東京散手倶楽部の木本氏、武道家の岡部氏たちと北京へ行ったとき、万里の長城を見に行こうということになった。 灼熱の太陽の下、2000年前に造られたこの世界遺産の長城の上を流れ落ちる汗とともに歩いた。 遙か彼方、この長城は約6700キロもつづいているという茫漠・・・ その中国の力に、その人間の力の凄さに、長城を一歩一歩賛嘆の思いで踏みしめ歩いた。 |
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| | 沖縄へはもう100回を超えるほど行っている。 18歳のころより、音楽、ボクシング、野球、そして拳法、武術と、沖縄との関わりは深く、考えてみればここ20年以上、つねに沖縄を舞台にしたフィクション、ノンフィクションを書き続けている。 好きだから書きたくなる・・・ さすがに月に3度、東京〜沖縄を往復したときには、沖縄の友から「ここに住め!」と言われてしまった。 |
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| | 手と書いてティーと読む。 沖縄で空手のことだ。(正確には空手のルーツが手である) 10年以上前からぼくは武術を書きたいと中国を中心に取材をつづけている。 そのはじまりが沖縄での手との出会いであり、その手を継ぐ7度世界一に輝いた空手家、佐久本嗣男先生との出会いだった。 先生の育った恩納村の海で、波の音とともに先生はサンシンを弾き、そして泡盛を飲む。 沖縄へ行けば、今も先生とは朝まで飲み明かしている。 |
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