思い立ったら日記 2004



2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 2005年

トップへ
戻る
前へ
次へ

2004年11月6日

楽しかった!
メチャクチャに楽しかったぞ!
大手出版社の編集、荒木氏のひとこと「バンドやりてえな」ではじまった、漫画家、石渡治氏、劇作家、マキノノゾミくんといった20年来の友人たちで創った中年器楽部「だらぁ〜ず」が、ぼくの大学時代の恩師、現在大学教授を辞め、フォークシンガーとして活動している三浦久先生の持つ、長野の辰野にあるライブハウス、「オーリアッド」でデビューしたのだ。
そう、ぼくが今までに何度かソロで歌いに来た、オーリアッドの飛び入りライブに参加したというわけである。
最初は「だらぁ〜ず」ではなく、他の飛び入りライブのシンガーたちに混じって、ぼくがソロで弾き語りで歌い、マキノくんがNHKのビートルズの足跡を訊ねるドキュメントで行った、リバプールのライブハウスで歌い、本場のビートルズファンを唸らせた実力のビートルズの曲をピアノで1曲。
また今回いっしょにやってきた、やはり昔からの友人であるマキノくんの劇団の女優であり、最近はTVドラマ「ウォーターボーイズ2」や、舞台で大活躍の、ドリちゃんことキムラ緑子さんが昔、舞台で歌った曲を、さすがの表現力で歌い観客を唸らせ、そしてわが「だらぁ〜ず」の登場である。

とにかく他の地元を中心とした飛び入りライブのシンガーたちのレベルの高さに、びびっていたものの、舞台に上がれば中年器楽部のずうずうしさか、全員がエンターテインメントの仕事をしている血が騒いだのか、まずはぼくらが楽しみ、そして客席とともにみんなで楽しむライブに自然に、いや、偶然になっていったようである。
今回のために創った「だらぁ〜ず」のテーマ曲で、曲の中でそれぞれメンバーの自虐の自己紹介をし、ビートルズのスローダウンのロックンロールで騒いだあとは、ぼくの青春時代の思い出の映画、「八月の濡れた砂」のテーマを歌い、そしてラスト曲・・・
いやぁ、盛り上がった!
地元を拠点として活躍しているプロのだいちゃん、やはり地元で、その実力に驚かされたWISHのピアノ、MIYUちゃん、和太鼓の勝史くんまでが「いっしょにやろうぜ!」の、マキノくんの呼び込みで参加してくれての「Stand By Me」。
もう最高に楽しいライブができたのだ。

今回は他に、石渡治氏の奥さんである漫画家の高梨くみちゃん、うちのカミさんも同行し、ライブが終わったあとには、みんなで深夜まで酒を飲みながら歌って騒いでの、ホント、いつものことなのだが、大学時代とちっとも変わっていない騒ぎ方で楽しんでしまったというわけである。

次ぎの日は二日酔いだったものの、みんなと温泉へ行き復活。
そのあと紅葉を観光し、馬刺のすきやきに舌鼓をうち何とも楽しい長野、辰野への「だらぁ〜ず」初ライブツアーは終了。

三浦先生、今回も大迷惑をかけてしまいましたが、わが「だらぁ〜ず」は、また全員、オーリアッドへ歌いにいきたいと大騒ぎです。
そして、みんな忙しいメンバーですが次ぎの集合は、12月8日、吉祥寺のマンダラ2のライブハウスに先生の恒例の年末ライブを聞きに行くということに決まりました。



2004年11月4日

草野球の1年間にわたってのリーグ戦にぼくは参加している。
漫画家ちばてつや先生率いるホワイターズ。漫画家北見けんいち先生率いるヤンキース。 
真船一雄先生率いるバーツ。岡崎つぐお先生率いるジャイアンツ。田中寅彦九段の率いる棋士チームのキングス。そして岡田和彦率いるわがバッカスの6チームで創っているMAGリーグである。
わがバッカスはリーグ1年目は年間1勝しかできず、2年目は2勝だけ・・・MAGLのお荷物チームと言われてきたチームだ。
それが4年目の今年、な、なんと最終戦の今日を、マジック1で向かえているのだ。
つまり、最終戦のホワイターズに勝てば優勝である。
優勝といっても、バッカスは補強をして強くなったチームではない。
それぞれ個々のみんなが力を付け、そして今日を迎えたのだ。

そして3対0のリードで向かえた最終回・・・
ホワイターズの反撃と緊張からくるエラーで3対2と1点差まで追い込まれ、ツーアウト、ランナー2塁。一打同点である。
マウンドにはわがバッカスのエース遊さん。
バッターにはちばてつや先生だ。
遊さんの投げたボールをちば先生が弾き返す・・・ピッチャーゴロ。
遊さんはそのボールを捕ると、そのまま1塁ベースを踏みゲームセット!
優勝である。
バッカス最終戦績、14勝5敗1分け。
全員がマウンドに集まり歓喜の声を上げ、そしてキャプテン岡田さん、エースの遊さんの胴上げだ。
たかが草野球だが、その感激たるやだれもが雄叫びを上げる、されど草野球である。

考えてみればぼくの草野球歴は30年近くになる。
今まで10以上のチームに参加し、自分で創ったチームもある。
元、プロ野球選手や、ノンプロ、甲子園球児たちを補強して優勝を狙ったチームもあったが、大きな大会、リーグ戦で優勝したことはなかった。
いや、小学校の少年野球から始まって、中学、高校と野球部で野球をやってきた中でも、優勝した記憶はない。
つまりは、ぼくにとっても、長い野球歴で今回が初の優勝ということだ。

40歳を過ぎてから、毎年のようにもう草野球から引退をしようと思いながらやってきた。だが、ちばてつや先生を始めとして、ぼくの尊敬する年配の先生たちがまだグランドを駆けめぐっている姿を見て、ぼくは47歳の今でも若造として勇気をもらい、今でも草野球でマウンドに立っている。
そして、その尊敬するちば先生を最後のバッターとして優勝できたことが、初優勝に華をそえてもらえたようでとても嬉しいと感じている。

とにかく草野球で優勝することがこんなに嬉しいことなんだ!
つまりそのことをこの歳になって始めて味わったのである。
よし!来年もエース遊さんとともに投げ抜いて連破を目指すぞ!



2004年10月22日

わがバンド「だらぁ〜ず」の初ライブが決まった!
11月6日(土) 長野の辰野にある、大学の恩師であり、現在フォークシンガーとして活躍する三浦久先生のライブハウス「オーリアッド」の飛び入りライブに参加させてもらうことになったのだ。
とにかくメンバーのみんな、メチャクチャ忙しいというのに、バンドをやるとなれば仕事以上に優先させて集まってくる。
今日だって、漫画家の石渡治氏は原稿がヤバイと言いながらスタジオに飛び込んでくるわ、編集の荒木氏だって編集長だというのに、かってに編集部を抜け出してきているみたいだし、劇作家のマキノ・ノゾミにいたっては、11月2日から始まる、大地真央主演の「マリー・アントワネット」の演出家だというのに、舞台稽古から抜け出してきているといった状態である。
はは・・・ぼくも締め切りの過ぎている原稿があるのにやってきているのだが・・・
とにかくスタジオで3時間、巧く弾き、歌うというレベルではなく、曲だとわかってもらうというレベルでの奮闘である。
そんな中、石渡治作詞で、迷曲「だらぁ〜ず」のテーマも創ったのだ。

で、練習が終わりになれば、忙しいところを抜け出してきたといいながら、深夜までいつもの飲み歩きとなってしまう。
もう、みんな20年以上の友人たちなものだから、その出会った頃の20数年前のノリになってしまうというわけだ。
こんなノリで騒いでいると、またまた古い友人たちが「面白いことやってるみたいやないけ!」と、面白いこと大好き嗅覚でどんどん増えてくる。

そんなわけで、今回のオーリアッドでのライブ、わが「だらぁ〜ず」の他にも、漫画家の桑沢篤夫くん、漫画家に高梨くみちゃん、女優として、舞台、TV、映画で大活躍のドリちゃんこと、キムラ緑子ちゃんまでもが参加することになりました。

三浦先生、何か今回はとんでもないメンバーになったのですが、11月6日ヨロシクお願いします。
また、今回のメンバーはアーチストとしてそれぞれの世界で活躍しているメンバーなので、ヘタなりに面白い?はずです。近くの人はぜひオーリアッドに遊びに来て下さい。
いっしょに飲んで騒ぎましょう!

http://www.secondwind.jp/
オーリアッドHPです。



2004年10月6日

イルカとどうしても泳ぎたかった。
今年の夏は生まれて初めてイルカと泳ごうと決めていたというのに、台風のせいでことごとくその夢は阻まれていた。
だから今年の夏が終わらない。
だから行ってきたのだ。
10月だというのに、世界でも有数のバンドウイルカの生息する島、御蔵島へ4泊5日の旅。 


東京の竹芝桟橋から7時間、周囲が16キロ、一番高い場所が857メートルのお椀をひっくり返したような小さな島、御蔵島。
宿の数も少なく、島で食事のできる場所はひとつしかないといった場所だが、自然だけはこの小さな島にいっぱいつまっていた。
御蔵島とは、神様が宝物をしまってある蔵があることから付けられた名であるそうだが、その宝とはまさに自然だということが、この島を訪れてわかった。
鹿児島の屋久島と同じ、島全体が樹々で覆われていることから、山は霧に包まれ、その霧が樹々に触れ滴となって落ちる「樹雨」がこの森を創っている。
島の森には491本もの巨樹が確認されているほどの、まさに太古の森である。
その豊かな森が生んだ水が海へと流れ込み、魚が育ち、その魚によってイルカが集まってきているということだ。

そのイルカたちと泳ぐためにイルカ船に乗ってイルカを探す。
探すといっても、もう少し走るだけでイルカたちが海の上からも見えてくる。
吉祥丸の船長のゲンさんがイルカの群れに先回りし、ガイドの大森くんが飛び込む合図をくれる。
シュノーケリングで波をかき分け泳ぐと、いきなりだ!
何十頭ものイルカたちがこっちに向かって泳いでくる。
そしてぼくのカラダの横、数十センチを次々に通り過ぎていく。
イルカと何度も目が合った。
そのトライを何度も繰り返し、そして二度目に海へ船で出たときに、まだイルカとのシュノーケリングの下手なぼくと、一頭のイルカが遊んでくれた。
少し潜ったところにそのイルカはぼくのカラダを巻くようにやってくる。
まるでダンスをするように、ぼくの潜りに合わせて波に戯れている。
最後は、「今度来るまでにもっと潜りを練習しときな」といった顔でイルカはぼくから離れていった。
何だろうかこの感覚は・・・
イルカと泳ぐとしあわせになれると、イルカと泳いだだれもが言う言葉だが本当だ。
自然の中にイルカによって導かれたような、生きているしあわせを感じる・・・そんな気持ちだ。

島を離れるとき、東京へと離れる船を追ってイルカたちが何頭も追いかけてきた。
ぼくは船の後尾からイルカに向かって手を振る。
そしてイルカがジャンプ!
「また来いよ!」
「わかった!春にはまた来るからな!」
ぼくはイルカと約束した。



2004年9月17日

八丁堀にある、西伊豆の旨い地魚を食べさせてくれる「鮨の市」の大将に、大将のよく知る談志、圓蔵の二人会に夫婦で招待され行ってきた。
落語を聞きに行くのは何年ぶりだろうか・・・
もう10年以上は間違いなく行ってない。
だが久しぶりに聞く落語は面白かった。
いや、面白くないわけがない。
何たって談志と圓蔵だぞ!
その期待感から前座からすでに笑わせてもらい、ぼくにとっては今でも円鏡のイメージが強いのだが圓蔵、そして談志にいたっては腹を抱えて笑ってしまった。
その話しの巧さときたら、まさに言葉の魔術師である。
それに、後半ではもう何十年も前に二人がやっていたニッポン放送でのラジオ番組、「談志、円鏡歌謡合戦」を舞台で再現して見せたのだ。
もうホールは拍手喝采である。

今回、招待されていっしょに聞いたのは、ちばてつや先生夫妻と、高井研一郎先生夫妻、小学館の編集の荒木氏、そして面識はないのだが、山藤章二先生も近くにいる。
これだけの先生たちといっしょに落語を聞けるというだけで、それだけでワクワク感があるというものだ。
終わったあと、締め切りを二日過ぎている原稿があり、急いでアトリエへ帰る予定だったが、ちば先生夫妻、高井先生夫妻と結局食事と飲みに行ってしまった。
そこでは高井先生の得意の手品が出るし、それに対してちば先生の突っ込みが入ってくる。
今度は、飲み屋でちば先生と高井先生の二人会である。
何とも楽しい夜なのだが、どこかで締め切りが気になり酒をセーブしている自分に、「あぁ、まだまだ小物だな」と少しため息な夜でもあった。





トップへ
戻る
前へ
次へ